アラフォーがん女子

39歳で卵管がん(遺伝性乳がん卵巣がん症候群)と宣告を受ける。現在も闘病中。

2017年 夏 病気発覚時⑥

どうも!じゅリンゴ🍎です!

 

2017年 夏 卵管がんステージ2b(遺伝性乳がん卵巣がん症候群)と診断され、手術・抗がん剤治療を受ける。

2019年 1月  再発。現在も治療中。

 

 

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2017年 夏 病気発覚時⑥

次の日、仕事へ。

 

病院からは痛みが出たら連絡するように言われ、職場の上司に状況を伝えると無理しないように言われました。

 

仕事をしていると、子供達の可愛さと忙しさで気が紛れました。

 

所が2時間もすると腹痛が…

 

今まで自覚症状が無かったのに…

 

トイレへ行くと水っぽいオリモノが…

 

出血も少ししていました。

 

病院へ電話すると、すぐに来るように言われたので早退してそのまま病院へ。

 

痛み止めの薬を処方してもらいました。

 

翌日、仕事へ行きましたが、相変わらず水っぽいオリモノと出血はありました。

 

子供達を寝かし付けていると、なんとも言えないお腹の張りを感じました。

 

今までに感じた事がないような強い張りです。苦しくて苦しくて、昼食も食べられず結局また病院へ。

 

この辺りになってくると、痛みと出血で仕事へも行けなくなってしまいました。

 

毎日のように病院へ行き、2017年7月25日。

これまでの検査結果を色んな先生方と話し合った結果、「卵管がん疑い」なのではという事になりました。と、主治医から言われました。

 

ショックよりも、やっと原因が分かった!

という気持ちが大きかったです。

 

K病院ではこれ以上の事が出来ないため、D病院を受診する事になりました。

 

長年お世話になってきたK病院の主治医、看護師さん、助産師さんの方々と離れるのはとても不安で寂しい気持ちになりましたが、

「落ち着いたらまた、こっちに来れるよ!」

と励まされました(T ^ T)

 

8月4日にD病院へ行く事になりました。

 

この日できっと、治療法もハッキリする!

 

もう、治すためにはやるしかない!

 

この頃の私はパパから見ても不思議なくらい、私は落ち込んでいなかったようです。

 

なんであんなに気丈にしていられるんだろう?

と思っていたようです。

 

だって、この頃はまだ娘ちゃんは中2、息子ちゃんは小5。

 

生きるしかないのです。

 

なんとしてでも…

 

子供達にとって、まだまだ私は必要なんです。

 

K病院の主治医の様子から、私の病状は油断ならないもので、出来るだけ早く治療をしないと危険だという事は充分伝わっていました。

 

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